2014年8月10日日曜日

Grill K

あと四日で夏の連休に。

お疲れのせいかダイエットのせいか、
無性にお肉が食いたい。

「そーだ、グリルK まで生肉ハンバーグを食いに行こうぜ」
っと、豆助を乗っけて首都高をブっ飛ばし千石まで。

台風の影響でしょうか、10分前でも一番先頭に陣取れた。
ほどなくゾロゾロと。
余談ですが、ボクの次には国会議員の大先生が普段着で並んだ。

カウンター8席だけの極小な洋食店。

一応、朝飯は抜いてきた。
だからキングの360㌘に。遠慮深い豆助は260㌘で。

俵型の肉塊をグリルでちょいと焦がし、
客前の焼けた鉄板上で真ん中に包丁を入れ二分割、
それをそれぞれが好きに焼いて召し上がれ、なシステムなのね。
ボクはほとんどレアな状態のまま、
醤油ベースのブラックペッパーソースで飲み込んでゆく。

「Qoo、、、肉、うっめぇー」

なのにさ、
写真が湯気で上手く撮れず、
んで、そのあと行ったパーラーゴトーのパフェで勘弁。


あと四日で夏休み。うれすぃー

2014年8月8日金曜日

Cassandre

先日も書いたけど、
今「BAR宗愚」をマイナーチェンジ中なのね。
イメージは大正時代なのだが、
まんまのソレではなく、ネオアールデコにしたいのだ。

デコ色バリバリのC&Sをご購入した。
大正時代ー昭和初期の珈琲カップは現代の品より小型で、
デミタスとの中間ってな感じなのだ。
ちなみに東洋陶器(現TOTO)製です。

まーね、ボクの場合は喫茶去用ではなく、冬場のホットウヰスキー用だけど。


どやっ、エエだろ、和製カッサンドルじゃよ。

こっちは以前買ったやつ。



GIANTS

「巨人側、真ん前だよ」

最近はナイターチケットも無駄になるからお断りしてしまうボク。
どうせ行かないモン。

ナイター中継を観なくなって久しいな。
「巨人・大鵬・玉子焼」の最後の世代なボクなのだが・・・

六大学とか都市対抗とか、
大昔はあんなに熱い野球中継だったのにさ、

野っ原のマウンドで見た夢も遠い記憶だね。

V9、黄金期のサード長嶋、

神さまだった。



今の巨人・・・

                           ・・・デェきらい。



Japan Blue

ここんとこ、
暑くて暑くて仕事が終われば「ビール呑も」となり、
そんで酔って寝てしまうのが生活パターンになってしまった。
とてもブログまで到達しないのね。

忙しさは盂蘭盆がマックス頂点だからさ。


古伊万里の鉢を買う。

涼しげな網目文の器は夏専用だもんね。
これは江戸末期はあるね。
呉須のブルーもエエ感じでしょ。

この時期は本業がハードにワークですから、
BAR宗愚に呑み仲間も招き入れることも出来ません。

器どもの活躍の場も御座いませんです、ハイっ。

2014年8月3日日曜日

Amber Palace





しばらくぶりに母親と二人で食事(ランチ)に。
経験上、我がママとの外飯はチャイニーズが喜ばれます。

ボク自身、マンダリン東京の「SENSE」と迷ったけど、
82歳のママ連れとなると、パレスの「琥珀宮」を選択をしました。
なにしろ東京のチャイニーズ屈指のホスピタリティだからさ。

なんと、そのセレクションが大正解な結果となったのね。

食事後のデザート時、
わざわざボクらの個室で中国琴の生演奏のサプライズが。

蘇州夜曲ともう一曲、
マンドリンにも通ずるような中国琴の音色にね、
母子共々感涙モノでございました。

アシスタントマネージャーの劉さん、感謝いたします。


2014年8月2日土曜日

Smartphone

毎朝、豆腐屋の前を犬連れ散歩の20代半ばと思しきお嬢ちゃん、
片時もスマホから目を離さず歩いてる。
人が来ようが対向車が来ようが交差点でもお構いなしで、
スマホの画面と一体化なのね。

まーね、
他人のボクが言うのもなんだけど、

「危ねぇーぞオラ」 

っつーか、
当店のポンコツ車の前でしたあんたのワン子の糞、
片づけなはれや。

スマホもいいけど現実も見てね。


2014年8月1日金曜日

Nichome

カミさんはヘアサロンに行ってしまい、
次女と「晩飯どーすっか?」と悩んだ末に外食に。

今日はなんでも食べてよい自由飯の日だもんね。
ってことで、神保町の『鶴八』さんに行くことに。

いやーぁ、久々に食す江戸前鮨の旨いこと旨いこと。
ひととおり木札のネタを右から左に。
次女も田島の親方の握る鮨の味に、思わずニンマリと笑みがこぼれてます。
穴子とバフン雲丹など、ボクの分もペロリと胃袋に。

ダイエットを開始してから、
たまの自由飯時に感じる一食一食の大切さ、
本物は良いねぇ、やっぱ。




食後の運動がてらに次女と新宿二丁目を散歩する。
仲通りのアドボケイツカフェでコーヒーをスタンディングでやり、
路上にあふれるイカニモなゲイ、ドラァグクイーン、ビアン、外国人、ノンケたちを人間観察す。

ボクが知ってる35年から昔もゲイタウンだったけど、
ところどころに赤線時代の妓楼建築も残っていたし、
実際に客を引くお姐さんもまだ存在してました。
ヌードスタジオなる風俗もあったな。

2014の今、もう赤線の名残など、どっこにも無いね。

聞こえてくるのは扉の向こうの享楽な笑い声、、、かな。