2020年3月30日月曜日

Lonely

いつも豊洲からお出での常連さんも、
江東区福住の天ぷら屋さんの奥さまも、
このコロナの影響で、豆腐はお取り寄せになりました。
送料や箱代も別途で申し訳ございませんが、今はそれの方が正解かもしれません。
ほんの少しですが、今週は信州上水内郡小川村の大豆を500グラム入れておきます。


ボクが川越市民会館で『8時だョ!全員集合』観たのは1970年頃で、
祖母と良い席を求めて、土曜日に学校が終わると並んだ思い出があります。
まだ荒井 注さんの時代でしたが、
ほどなくして荒井さんに代わり志村 けんさんが時の人となったような。

寂しいね。
ほんと寂しいよ。


2020年3月29日日曜日

Ability

コロナが大変なことになってきましたねぇ。
知人の料理研究家の先生が、青山の紀伊国屋でレジ待ち60分以上とか。
そのレジ待ちが怖いからと、料理人の奥さまからはお取り寄せの注文も頂戴した。
さすが賢い選択を。

巷では時節柄か納豆至上主義らしいが、
フレッシュな大豆こそ底知れぬ力がございます。
本日は先着50名様に500グラムの大豆を差し上げましたが、
どうぞ棚に眠らせることなく食していただきたい。
たった500グラムと侮ることなかれ、水で戻せば3倍以上に膨らみますから。
高タンパクにイソフラボン、レシチン、サポニン、オリゴ糖、、、、、
豆腐屋歴42年、だから知ってる国産大豆の効能。
でも書けませんけどね、薬事法で怒られちゃいますモン。

一晩、水で戻して煮浸しに。
添加物も無しで煮豆より簡単なんだけどね。
香辛料と塩で炒っても好いよ。






2020年3月26日木曜日

Aoyama Kila Street

所用で日本橋から赤坂に出向き、
終了後に駐車場から青山通りを原宿方面に。
旧ベルコモと元VAN本社ビルの交差点を右折でキラー通りに。
当然のコト、ボクらの時代のショップはほぼ皆無だけど、
驚くことにベイリーストックマンとオン・サンデーズがまだあった。
秀和レジデンスを左に曲がって明治通りに。
ここに旧文化屋雑貨店があったことなど、もう誰も覚えちゃいないだろネ。
ついつい呟いてしまう、「70年代に戻りてぇな」などと。

70年代、アンアン創刊当時のモデル、出口モニクさんです。



Gentleman

半世紀前、銀座・英国屋テーラー勤務だったIさんが、空也最中を持って来てくださった。
ベルエポックな時代の映画俳優のような風貌で、さぞかし英国屋時代はブリティッシュトラッドがお似合いだったことでしょう。
いつも次女のことを可愛がってくださり、さすが元銀座ジェントルマン、話術まであか抜けております。

本日は休肝日、コナ(Kona Coast)と最中で夕食前の虫養いに。
1933年製造の東洋陶器(現TOTO)のボールを菓子器に見立てて。
どーじゃ、モダンだろ。



Côtelette

昨日来店の都心のラーメン屋さんは、
「あまり大きな声では言えないけど、コロナ騒動でお客さまが増えましたよ」と言う。
巣ごもり志向もラーメンでガス抜きなのかな。

無性にトンカツが食いたくなり、カミさんとガス抜きを。
カミさんはエビフライで、ボクはホタテフライも追加で一皿。
ちなみにボクは醤油派で、プラス辛子を。









2020年3月22日日曜日

Soy milk

当店の豆乳は、ボトルをひっくり返しても流れ出ないドロリッチです。
品種は秋田産の『秘伝種』の青大豆で、香り甘味はピカイチかと。
まずはベーコンとほうれん草をバターで炒め、塩(少し強め)コショーで味付けを。
しんなりしたら豆乳を投入し混ぜ、熱したら出来上がり。
10分もあれば食卓に。
熱を入れ過ぎると豆乳が分離するのでお気をつけください。
豆乳に粘度があるので小麦粉はいりません。

オプションで、ボクは生クリームを掛けまわし、
焼目を入れたホタテを乗せれば御馳走に、バゲットを添えて。
コンテをおろしたり、ヴァシュランモンドールをたらしても旨いゾ。
上手く乳製品を利用すると、相乗効果でだんぜん美味くなります。
ベーコンの代わりに牡蠣でも美味いよ。

器は戦前に作られたノリタケのスープ皿でっす。



2020年3月20日金曜日

Koicha

三月ですが、独りで夜伽茶事を。
気持ちよくモルトを呑んでいたのですが、
週末だもの、もっと夜更かしを。
今宵はバーミクス茶道ではなく、珍しくまともに茶筅で濃茶などを。
菓子が無いので、FAUCHONのオレンジスライスママレードで。
アヘッ、少しくどかった。

前田 正博・作の茶碗でやる。
先生の作品の中でもこれは傑作と考えておりまする、たぶん。
ちなみに先生の窯場は港区六本木なのね。



   

2020年3月18日水曜日

Half a month

昨日の早朝、南の空の半月がふたつに見えた。
豆助に「見てごらん、不思議な現象だよ」と手招きをした。
見上げた豆助はボクを見て、「医者に行った方がいいっすよ」と。

マジぃ?

最近、虫も飛ぶし。





2020年3月17日火曜日

Gaga

「Lady Gagaが愛用してるグラスと同じですよ」ってことで、
渋谷のショップから購入したのは10年チョット前のこと。
『slow and Steady Wins the Race 』のヤツね。
元来の目立ち好きですから、オジさんはそれなりに嬉しかったのだけど、
いざ着用すると、コソドロか天才バカボンのオマワリさん風に。
それっきりのお蔵入り、ってことで。





2020年3月16日月曜日

Coronavirus

気分がネガティブなときこそ「美味いモンでも食ってさ、、、」とか考えるのだが、今現在はネガティブ過ぎて外飯気分にはならないねぇ、、、
恐るべし新型コロナウイルス。
京都のご贔屓様と話せば、街を人が歩いてないと言う。
銀座のお得意様も、夜はいちだんと静かになっていると。

これはヤバいぞ。
人間だけではなく、ウイルスにより世界恐慌的な経済ダメージが始まってるのか?

皆々様の安泰を祈ります。




Madeleine Paulmier

むかしむかし、京都市中京区丸太町にあった『松屋長崎』のマドレーヌが好きでした。
店舗はいつも閉店状態で、引き戸を開けカーテンをくぐって中に入り、「予約をした小野ですが、、、」で、やっと入手できる菓舗でした。
完全予約制&受取時間指定のめんどくさい店でしたが、主の健康状態次第らしかったので、致し方ないことだったらしい。
懐かしい玉子とヴァニラの芳香に包まれた味で、かなりなお歴々の方々のに愛されたマドレーヌみたいです。
主が亡くなり、現在は町家の店舗は取り壊されてタイムスに。

ここ数年、『松屋長崎』無きあとはここ。
台東区蔵前の『榮久堂 (えいきゅうどう)』のマドレーヌが好い。
昭和系マドレーヌでは田村町木村屋(新橋)が人気ですが、『松屋長崎』的なら断然『榮久堂 (えいきゅうどう)』のマドレーヌが近いかな。
よけいなフレーバーを感じないのがよろし。


2020年3月15日日曜日

Oil

煙草を止めて10年以上経ちまして、『百害あって一利なし』を目覚め時の身体で実感いたします。
吸い始めた頃は、煙草は生意気盛りの『大人アイテム』でしたから。
それこそサイレント映画時代から、スクリーンの美男美女は皆カッコよく紫煙を燻(くゆ)らせていたもの。
昨今は街中で愛煙家さんを見かけることも無くなりましたねぇ。
今も愛煙家時代の喫煙具が引き出しの中に転がってて、ライターにしろアッシュトレイなどは、もう出番も無いのに捨てることが出来ません。
アッシュトレイは昭和40年代のプレミアノリタケ、
ペン型はロンソンのシャープペンシル&ライターのツーウェイで、
カメラ型ライター(三脚付き)は、オキュパイドジャパン(占領下)の日本製でっす。




DARUMA

ここ数年はヘアカットジプシー状態で、
やってもらったら「あらら」だったり、数度で潰れたり、
担当が病気で継続が困難だったり。
んで、今日も初の店でカットをしてきた。

担当も好い子なんだけど、ボクら世代の店ではないのですねぇ。
やはり長い期間通ってたTちゃんが基準にあるからなぁ。
60代が落ち着けるヘアサロンは何処にあるのだろ。
当分、彷徨うこととなりそうで。

カット後は、次女と合流しタイランド料理店に。
客の半分以上はタイ人女性でいっぱいで、
皆よく呑んで食べて、
タイ人女性は長屋の井戸端会議のようによくしゃべる。
なんだか言葉は分からんけど、つられて笑ってしまうほど。


帰宅後、食後酒は甘い古酒で〆る。
すべてが混沌、旧知の人の顔つきが変わっていきます。


2020年3月10日火曜日

Buriki




ブリキ製品を愛して半世紀、たとえばこんなん。
TOYAMAジュース(1964年倒産)のトレーとか、道産製菓(1968年に会社更生法、1970年倒産)のビスケット缶とか、実用とインテリア雑貨で重宝してます。
ビスケット缶はコンタックス愛用時代のフィルム入れに、トレーはレトロポスター風に壁に下げて。
元の色彩に薄っすらとニビ色を重ね、何とも言えぬ風合いを醸し出してます。
1959年生まれのオジさんの時代はね、ビスケットだって南国フルーツだって簡単に食べることが出来る時代じゃなかったもの。
こんなブリキに描かれた「絵にかいた餅」に、唾を呑みながら夢を見たんだぞ。

Century egg

豆腐でパンを食う。
丸の内の『VIRON』にバゲットを買いに行く。
新型肺炎のせいでしょうか、首都高も一般道も東京駅界隈も人出が少ないです。
バゲットと他数種を購入し、また一ツ橋入口から5号線に乗りトンボ帰り。
自分的にはハード系はここが好みなもので。
んで、いつものピータン豆腐を作り、オープンサンドにすることに。

ピータン、シャンツァイ、葱、山椒の実、榨菜を刻み、おぼろ豆腐とざーっと混ぜ合わせ胡麻油と塩で味付けを。
(味の)構築センスがあれば、簡単だけど旨いよ。
イヤらしか表現でゴメンね。
ボクの場合、皮蛋は興南貿易、胡麻油は韓国製で塩はゲランドのグロ・セル(粗)で。


2020年3月8日日曜日

Sakura mochi

大変お世話になった旧知の人のお墓参りに行くことに。
ご家族への手土産は、竹籠入りの長命寺の桜もちを。
曇天の寒い早春、隅田堤には早咲きの桜が咲いていました。

親族に案内されて墓地に出向き、花を手向け水で石を清め線香を灯してきた。
線香立てには、先客が灯したであろうAちゃん好みの煙草が3本も。
Aちゃんの人柄だね。

Aちゃん、やっと来たよ。





Delft tegels


以前、京都でカフェに入ったとき、
皿の代わりに美しいアンティークのタイルに乗せて菓子が供されたのだが、、、
デルフトらしき白素地にやさしいブルーで、とてもセンスがよろしい。

だけど、、、
菓子の台座は皿ではなくタイルなんだよなぁ、
骨董マニアのボクなのだが、ちと良からぬ想像をめぐらしてしまう。
タイルと言ったら床材や水回りですよね。
百歩譲って外壁なら好いけど、まさかトイレってことはないよね?
長い月日(二百年ぐらいかな)を経たアンティーク故に知る由も無し。

三十年来、ボクの机上のペーパーウェイトはドアノブです。
無色透明のJelly菓子のようなノブが魅力でしょう。
傾斜があると転がっちゃうのが難点だけど。

2020年3月7日土曜日

Material emphasis

またまた暇だから、
ボクの十八番「豆腐と蛤のすり流し、冷製カプチーノ仕立て」を。
豆腐で作るヴィシソワーズみたいなモンです。
九十九里町産の蛤をひたひた弱の水プラス塩で火にかけ、
口が開いたら、そのまま鍋ごと一晩冷蔵庫に。
翌日煮汁を濾して、
同量ぐらいの絹豆腐と適量の生クリームでフードプロセッサーに。
煮汁には強烈に出汁が出てますので、それだけで充分です。
蛤自体に塩分がありますので、塩の塩梅を間違えないことと、
生クリームの量は好みが分かれますので、ご自分なりに。
生クリームが無くてもダイジョーブです。
(出来不出来の)決め手は原材料の選別で、上質でなければ意味はない。
器に流し入れ、切り身のクラムと青山椒を浮かべて完成。
制作前に思い描いたシミュレーションと、
現実の味が合致もしくはそれ以上なら成功でしょう。
味覚は知性ですぞ。



NAOMI

早朝の(どーしようもない)映画でした。
別れの切なくてさに画面を凝視したワケではなく、
バァちゃん役で出演していた白川和子さんに目が釘付けになったのだ。
あの日活ロマンポルノの和子さまだぞ。
「団地妻」シリーズの和子さまだぁ、、、
あれ?「団地妻」は宮下順子さまだったっけ?
記憶曖昧、四十数年の月日は心の景色が乳白となりまする。



「将来に役に立つんじゃないか」などと思い、
ついつい入手してしまった照明器具や建具など、
十年、二十年、三十年が経っても出番も無く物置にあります。
その時々の現行品もあれば、古道具屋仕入れもゴロゴロと。
きっとこの先も出番は無いのだろうけど、
「いつか役に立つんじゃねぇーか」と手放せないのだよ。
ボクに断捨離など無縁なことで。
とくに照明器具に対する想いったらねぇ、
これなんかは戦前の製品で、
きっと文化住宅の玄関や廊下を照らしたであろう照明、なのかな。
イメージは「痴人の愛」の大森のナオミの家、ってな感じで。




2020年3月4日水曜日

Maboroshi

仕事前の夜中の日テレで、
1971年制作のヴィスコンティの『ベニスに死す』をやってました。
あらすじ的にはタイムリーですねぇ。
懐かしさに喜び、その耽美主義は半世紀後の今もゾゾゲ立ちます。
主役のビョルン・アンドレセンには、
ついつい若かりし頃の自分を重ねてしまいます。

ウソです。





Cointreau




霧雨降る閉店少し前に職人Mと呑み始め、
ビールでほろ酔い気分に。
職人Mが帰路についた後、
甘いコアントローをセロファンレッドのグラスに。
甘さで胃が焼けまする。
少し氷が解け始めた頃が呑み頃です。
ボクの書斎の机上には、
掌大の大きさのコリントゲームがあります。
ダイススタッキングもあります。
独りでも遊べます。

一昨日のこと。

2020年3月1日日曜日

Mechanical watch

今日は積極的休養日、
掃除の後は、手持ちのガラクタを遊びます。

もう30年ぐらい前のこと、
鉄道も通わない街の寂れた旧商店街に、
奇跡の時計店がありました。
古いショーウィンドウにはネジ式の置時計が並び、
80代のお爺さんが一人で店番を。
プラスチック製のTOYO時計や東京時計、
第二精工舎の腕時計をたくさん入手できた記憶が。

ゼンマイを巻くこと、とても愉し。
今も腕時計は数点残してありますが、
昨今の製品と比べると性能が貧弱ですからね、
とくに防水力は夏場の汗でも耐えてはくれません。
デザインはおもしろいんだけどね。
写真は昭和30年代初頭の女性用です。
プラスチック時計のめざましは、アラームではなくオルゴールです。
郷愁を誘う「トロイメライ」が流れます。