2009年2月27日金曜日

愛が止まらない

テストが終わった次女が、
修学旅行用品の買いモンで、銀座に行こうとウルサイ。
 
(ヤバイ)

今月は予定がイッパイなんじゃ。(オマエにまわす金は無い)

昨日のお買いモン。
文筥として買った、昭和20~30年代の裁縫箱(セルロイド)です。
BAR宗愚のカウンターに鎮座いたしました。

   裁縫箱(セルロイド)

そんでもって、本日やっと届いた落札モン。
自分で云うのもナンだけど、
ダダイスムとかキュビスム、アールデコ等に造詣が深いオジ。
昭和4年に刊行された『カフェー・コーヒー・タバコ』(喜多 壮一郎・著)
当時のカフェーなどの風俗が、詳細に記された御本です。
争った末に落札ゲッチュ!(とーぜん感涙)
もう表紙の字体だけでエクスタシー気分っす。
気が付きゃ、競った煽りで高額になっちまいましたが!(泪)

   カフェー・コーヒー・タバコ

Art Décoの華Josephine Baker』(1927)



まさにベルエッポック!

2009年2月24日火曜日

大正モダニズム

「これアンティークの着物に合うと思うんだけど、どう?」
なんて高2の次女に訊いたオジに、

「ん、んん~いいかもね・・・」

なんて優しく同調してくれた。
因みにカミさんは、「馬っ鹿みたい」の一言で片付けてくれた。

古いモン好きのオジ、男モンで飽き足らず、
近い将来の娘の為にもと、アンティークコレクションに励んでる。

で、買った品ですわ。(これはナイスなお買いモンでっせ)

   指輪(大正時代~戦前)

説明書きには大正時代となってはいたが、(ホンマかいな)
昔の売れ残りの指輪セットです。(12個)
台座が18金のマーキーズカット(6個)と、大きめのバケットカット(2個)、
オーバルカット(1個)、18金の平打(3個)です。
とくに立て爪マーキーズカット(両端が尖った楕円)は、
今の品ではなかなか見ることがない。(レトロでよろし)

ガーネット?、アメシスト?、エメラルド?、
マーキーズ&カボッションカットはムーンストーン?
それとも全部がただのガラス?っすかぁ!

「アンティーク好きのR子さんなんか、似合うと思うんだけどなぁ」
なんて言ったら、
「んじゃーあげちゃえば」って次女が!

(やっぱ、コイツ興味ねーんだ)

野禽

昨晩は、浅草で野禽(ジビエ)食いの夜でした。
江戸の人が野鳥と言ったらここでしょ!

     鷹匠 寿

浅草寺門前の『鷹匠 寿』だよ!(世間的評価は№1)

新橋の鮨店『しみづ』の清水夫婦&北千住『バードコート』の野島夫婦、
それにオジとの極楽至極な鴨三昧の宴でした。(今シーズン初)

いつ来ても、不思議な空気が漂っている老舗です。
お店の造りが妖しい、お運びさん妖しい、大女将もっと妖しい、
筋金入りの若ダンさん、究極怪(?)しい。
その若ダンさんが、オジが食べてきた鴨肉とは違う鴨肉を、
客を薄らっ惚けた話術で笑かしながら、玉鋼製の鍋で焼いてくれる。

オジは車で駆けつけたので、『富士ミネラルウォーター』で乾杯!
他はワインを大量に持ち込んでの酒池肉林の様相じゃ!(ふふふっ)

案の定 深夜の浅草 千鳥足

アリャ!オジ以外みんなボッ壊れちゃった!!!(しーらない)

撮ったけど やっぱ写真は マズいでしょ!

2009年2月22日日曜日

コーヒーの鬼がゆく

今日は家でのんびり過ごそうなんて思い、
さっきブックファーストで雑誌を買い、
成城石井でちょこっと食料を買出ししてきた。

成城石井のレジで財布を出したら、間違えてカラ財布でした。(赤面)
別の店にいる女房まで走り、事なきを得ましたが。(ホッ)
(昨日他のに入れ替えたんだっけ)

BAR宗愚で買ってきた雑誌を開いてみたが、
シニア雑誌も食関係の雑誌も、似たり寄ったりでな~んかつまらない。

特に食雑誌、相変わらずの新店情報に躍起な編集姿勢と、
決まりきったライターたちの上辺すくいの記事には飽きちゃった。(げっぷ~)
却って個人のブログで検索した情報の方が、
辛辣だったりはするが、自分の財布で得た情報は面白いです。
ブログの情報なんてアテにはならない!なんて思ったら大間違い、
結構その中には、キラっと真実(実情)が溢れていると思う。(マジ凄い人も)
(この頃続く、雑誌の廃刊や休刊が分かる気がする)

こんなオジでも、今まで多々取材を受けてきました。
ある意味こちらの手の内を見せることでもありますが、
面白いことに取材する側の人間性や力量を見ることもできます。

取材に来てメモも取らず話も訊かず、
世間話だけで「エッ、大丈夫なの?」って人もいた。
なのに少しして記事となり出版されている。(ナゼ?)
読むと一目瞭然、豆腐屋を頭に描いたイメージで記事にしただけで、
『こだわり』『選び抜いた』『名人』などの言葉の羅列で終始し、
早い話社名の部分を入れ替えりゃ、どの店でも成立するのです。

そんな中で、「この人は違う」と云う出会いもありました。
      (もう十数年も前のこと)

  嶋中 労(本名・小林 充)さん
    (1952年生まれ)

正直慇懃無礼な編集者も多い中、
取材時の小林さんは、
正面から職人と同じ目線で問いかけてくれました。
    (却って怖い)
だから彼の問いに対し、オジも瞬時の戦いを楽しむことができたのです。
彼が誌面上で、オジを『非主流の豆腐屋』と表現してくれたこと、
今も自分の座右の銘としております。

慶応大学文学部卒、
見た目は港区三田の魚藍坂辺りで、撞球なんぞやっていた感じだが、
実はかなりのバンカラな男なのです。(jazzは好きみたい)

彼から著書が送られてきた。

     コーヒーの鬼がゆく

   『コーヒーの鬼がゆく』・吉祥寺「もか」遺聞
       嶋中 労著・(中央公論新社)

文章には、著者の人間性が必ず出ます。
この人の文章には、言葉を着飾ることも、
売る為の戦略も無いのが心地よい。(やはり正面から)
オジごときがやたら語ると、バンカラおやじに張り倒されるので・・・・・

引き込まれる良書で御座います。

白線流し

「哲ちゃん、子供たちが成人したら離婚しようと思うんだ」
なんて、ずいぶん前から言っていた友人と呑んだ。

いつも(まーた、そんなコト言ってやがる)なんて思いながら、
「そーだよ!早くしちゃえば」などと軽く流していたオジでした。
    (出来るワケもねーくせに)

昨晩も(まーた、いつものグチかよ!)ぐらいに聞いていたら、
どーやら本当らしい。

夫婦の問題は知る由も無いが、

ヤツが言った、
「寒い日にうっかりリビングで寝ちゃっても、
 毛布を掛けてくれるのは、もう娘だけなんだ」
には、ちょっと心が痛んだ。

オジは知っている、彼が人一倍家族を大切にしてきたことや、
温度差のある奥さんに、長い時間をかけて心の再生を図ってきたことも。

数日前に娘さんと一緒に呑んだとき、
娘さんが離婚を勧めてくれたと言っていた。

人間関係の中で、誰からも信頼されている友人、
二十年目の卒業の時が来たようです。

   (春ですから)

   地粉の饂飩

今年も卒業式の時期が近づきました。
オジはオジで、今朝は饂飩で『白線流し』です。
(やっと体重が91㌔に、メタボちゃんバイバイ~)

   「美味い」

料理人垂涎の野菜作りの名人・加藤紀行氏から頂いた、
奥様の打った饂飩っす。(自家のうどん粉)
このお方、元パティシエだけあって味覚の基準が高し。

器・清水俊彦(丹波)『朝鮮唐津片口』

2009年2月19日木曜日

ケンコバ

今BAR宗愚でTVを観ていたら、(モチ呑みながら)
ケンドーコバヤシが出演してた。

当然なーんの交流も付き合いも無いが、コイツにゃ思い出があるんじゃ。

オジが京都に出かける時は、『のぞみ001号』と決めてます。
     (東京駅AM6:00発)
たしか2年ぐらい前のこと、いつも通り『のぞみ001号』に乗り込むと、
広い車両にオジ一人でした。(そこはそれ、オジなら当~然グリーン車)

発車間際にもう一人、それも広い車両なのに、
なぜか通路を隔てた反対側に座った。(あっ、ケンコバだ!)
と云っても、元来芸能人には興味は示さないオジ!(いい気になるから)

発車と同時に彼はイビキを掻き、座席からずり落ちる様に爆睡を始めた。
       (お疲れなのねぇ~)
何気にその醜態を観察してたら、
  「あっ!」
通路側の席に無造作に置いてある彼のカバン、(マディソンバッグ型)
そのカバンのチャックは全開で、その上財布が覗いてるじゃあーりませんか!

「ちょ、ちょ、ちょっとマテ!」

何かあったら疑われるのは、
この車両のもう一人の乗客のオジになっちゃうじゃん!

そーなりゃ、もう寝ることもトイレにも行けなくなり、
通路を人が通れば、見張りじゃねーが目を配って番をしてるオジでした。
     (なんでぇ~?)
京都までの二時間ちょっとでしたが、とっても気疲れした思い出が・・・・・
     (なんで、こーなるの?)

   ロンジン

昨日届いた、
LONGINES 23Z 角型 レクタングル 1952年製 (デッドストック)っす。

2009年2月18日水曜日

1945~1952

   ソルト&ペッパー

オキュパイドジャパン(占領下の日本)製のソルト&ペッパーの容器です。
     (動画は返還前の入間基地・旧ジョンソン基地)
1945年~1952年の期間にアメリカ合衆国に向け輸出された物です。
そんな60年から前の品物が、今日カリフォルニアから届いた。

正直素地は焼きが甘く、絵付けも雑ではあるが、
工業製品には無い手作業の温かさが伝わってきます。

戦後の混乱期に大量に作られ、安値で取引された製品だけど、
それは間違いなく日本の復興の礎となりました。

当時日本の港から旅立ったその製品たちも、
60年からの歳月の中で、その大半は消失してしまいました。

運よく現存した品を、たまたまオジがオークションで落札して、
再び日本に帰って来た。

「お帰りなさい、長い間ご苦労様でした」

オジ、なんとなくこの子たちに縁(えにし)を憶えました。