2022年1月10日月曜日

Reservation

風花舞う京都を歩くとき、カフェで購入する温かいコーヒーはありがたい。三条大橋から見る洛北方面の景色が白色に煙ります。
正月三日ですからね、観光都市とはいえ営業をしてる割烹も半々以下ってな感じです。
難民にならぬように手配は怠らず、おかげさんで寡黙な店主と松下奈緒さんによく似た美人の女将の店に。酸いも甘いも嚙み分けた店主の店には、いまさら何の気合も緊張もいらないんだな、身を任せれば良いのだからね。一皿一皿の料理は、滋味溢れ舌で確認するまでも無く胃の腑に落ちます。
旅人も穏やかな愉しい時間が過ごせます。
まだ白木の香りも清々しい『川溿』さんにて。



んで、今回の旅先での記念購入の器はこんなんを。清水ちゃわん坂のギャラリー『たきぐち』さんで、作・滝口 和男氏のぐい吞み(?)を。ボクは肴(珍味)用で使うつもりですが。
面白かったのが、骨董とは言えない程度の古物も扱ってたのね。たぶんだけど昭和40~50年代の清水焼の徳利があったので購入した。徳利も猪口も小さめで、掌に納まるサイズが好みだったもので。




2022年1月6日木曜日

Asuka bito

半世紀以上前、小学校では郷土クラブに所属してまして、皆で近隣の神社仏閣、城跡や貝塚などの縄文遺跡めぐりが楽しかった思い出があります。歴男を名乗るほど熱心ではなかったけどね。


そんな頃にカラーブックス(保育社出版)でカメラマンの入江泰吉(1905年ー 1992年)さんを知り、古都奈良の美しい写真に感動して手紙を送った身の程知らずの小学生でございました。(当時の書籍には、今では考えられない著者の住所も記されてましたので)ほどなくして泰吉さんから下敷きサイズの阿修羅像の写真と五重塔の風景写真が送られてきましてね、子供ながらにいたく感激した記憶があります。大人になって分かったことは、入江泰吉さんはその世界での大御所中の大御所だったことでした。なんとまぁ、、、
残念ながらその写真は手元にはありませんが、今もある泰吉さんの写真集はボクの意識の中の何かを震わせます。




今回、時間が空いたので奈良に向かうことに。あの泰吉さんの写真から6-70年後の今を見てみたくなりまして、レンタカーで大宇陀や明日香界隈を走ることにしたのね。上記の写真は飛鳥寺にて。寺の案内人さんが「美しくお釈迦様を撮ってくださいね」とのことでしたので。 現代飛鳥人(びと)のなんとおおらかなことよ。(これが京都じゃありえねぇぜ)

もうひとつ、興福寺に現存する「山田寺仏頭」はボクの歴史浪漫のひとつでありまして、帰路前に桜井市の「山田寺跡」に向かうことに。
疲れてるカミさんをレンタカーに残し、寒風吹きすさぶ人っ子一人いない広大な伽藍跡に立ち360°見渡します。

「う、う、う、たまんねぇ、、、、太古の空もこんなんだったのかな」


以前に訪ねた戦国時代の山城と古戦場では、帰宅するのに背中に誰かを背負って帰ってしまいましてね、ご帰還していただくまで片頭痛と肩こりで大変苦労をいたしました。憑りつかれやすい体質みたいです、へへ。
今回は流石に白鳳や天平の殿上人だけあって、ボクとは家柄合わずにひと安心で。


Dashi

関西へと向かう「のぞみ1号」で、車窓から見る関ヶ原辺りの雪景色で旅心マックスに。関西での用事が終えて京都に途中下車。風花舞う松の内の洛中を超デカのバックパックを背負い歩くことに。

先ずはカミさんを誘っていつものうどん(きしめん)屋さんへと行く。新京極と言う繁華街の大衆店なんだけど、見てお分かりの通り出汁が旨いのなんの。コシの無いベトナムのフォーのような麺とはぴったんこなのね。とろりでつるり。ボクの場合、コシの強さも好いけれど、喉ごしの良い伊勢うどんや博多のうどんも好みなのです。おろした生姜の利いたあんかけ「たぬき」と「(刻み)きつね丼」は定番で。関東とは違う出汁文化を啜り、川島雄三監督の映画『暖簾』を思い出します、ハイ。



今回の旅では、あらためてオミクロン株に対する人々の警戒心を知ることになったのね。ボク自身もここ数年の経験で他人(ひと)との距離感は気を付けてはいますが、それ以上に警戒される場面が多かったのもほんと。

しばらくはひっそりと生活いたしましょうか、、、

2021年12月29日水曜日

Hagi

今年もあと数日なりましたが、当店は30日午前中までの営業です。んで、「追い込み」ってな感じの慌ただしい毎日を送っております。故にブログもインスタも更新ならずで。
仕事しながらの正月準備もそれなりに愉し。晴れの器や一張羅を自室に並べ準備も万端に。そして京都の『花屋 みたて』さんから取り寄せた根曳き松も店先で依り代に。

もうすぐ今年も終わる。



行き当たりばったりで(休暇中に)どっかへ出かけるでしょうが、近場でも遠出でも自然の中でのお茶は毎度のルーティンなのね。今年はどーすっかね?凍てつく深山の古刹でも行くかな。
帯同はこちらさん。李勺光の流れをくむ家柄であり、その名跡を継ぐ目前の54歳で逝去された坂田慶造氏の湯呑です。ボクは冬の筒茶碗に転用しています。茶碗は小ぶりが好み、なぜなら旅荷は最小限に収めたい。それに掌にスッポリ馴染む安心感と言うかいじらしさと言うか。仕覆にバスケット(茶籠)ではなく、ビクトリノックスのバッグを茶籠に見立てて持って行きます。
萩の七化けと言うけれど、亡くなられて17年経ち確かに少し化けてきた(よーな)。カイラギが泣けます。

明日小雪 夫の旅荷を ひとつ足す (渡邉きさ子)

2021年12月23日木曜日

Nitroglycerin

子供の頃から現在までオムライスが苦手であります。酸味のある甘いケチャップがどうしても「美味くない」ってな感じで。なのに今、毎朝デルモンテトマトジュースの450gを朝飯前に。ケチャップみたいに濃いリコピンリッチってやつです。還暦を過ぎるとね、それまでの自暴自棄な生活習慣に耐えてくれていた肉体も悲鳴を上げるんだな。ときどき起きる狭心症発作対策で飲み始めたトマジューだけど、予想していた以上にリコピンは良いみたいです。とは言っても「ニトロペン」は手放せないけどね。

一昨日、お医者様から「やっと(血液検査の)数値が危険水域から出たところです」と褒められたよーな、脅かされたよーな。
体重も最大106㎏(4年前)だったのを80㎏後半までどーにか落とし、人生「太く短く」から「細く長く」に移行中でございます。




2021年12月20日月曜日

2022 CALENDAR②

カレンダーの配布が終了いたしました。インスタ恐るべし、、、お顔も存じ上げぬ遠方の常連さんからも「カレンダー送ってぇ」とご連絡いただいたり、店でも「毎年待ってるのよ」と喜んで頂けたことに感謝感激の数日でした。去年よりマッハに終了してしまったことに、今あたふたしている私共でございます。お届けできなかったお客さま、ゴメンなさ~いお許しを。


過去の作品でいちばん壺な作品でっす。

2021年12月17日金曜日

On

    

70年代前半かな、リーガルのRマークやトップサイダーのデッキから布製ズックの愛用者でした。それが還暦過ぎても変わらないボクのスタイルだったもの。メーカーだけはspring courtやアディダスに移行したけどね。
超アナログを気取ってきたけれど、やっぱり寄る年波にはかないません。布製は雨に弱いし汚れやすく、足を包んではくれるけどフィット感に劣り疲れます。最近は軽さや歩きやすさで『On』オンリーでやっとります。
着心地からデニムもストレッチ素材になり、ボタンダウンも「シワの美学」よりノンアイロンに替えました。当時身に着けた頑なな『TAKE IVY』魂もどこへやら。

だってさ、ちょっとしたことだけど生活しやすいんだモン。