2011年3月29日火曜日

Cherry Blossoms

『白州』をハイボールで。

マスメディアのきつい映像はもういいや。

ブログを閲覧しても、
ある人は終末思想を説き、
またある人は誰かを吊るし上げている。

もうエエやん。

ネガティブるより次を目指さなきゃ、
そろそろ桜花の頃だしね。

   

数週間前までのノン気な時が、
今となったら懐かしいです。

2011年3月28日月曜日

おいてきぼり

よく行く激安中国家庭料理店さん、
ポーションあるある、旨さ先ず先ず、お愛想ナシナシだが、
けっこう繁盛しているんだね。
チャイニーズだけで運営しているみたいで、
厨房からは、いっつも喧嘩のような広東語が飛び交っていた。
昨晩のこと、
「今夜はガブガブいっちゃうよ」と豆助と出かけた。

(ギャッ、まじぃ~)

閉店しちまってるやんけ!『貸店舗』やんけ!

対面(トイメン)の店で訊いたら、 
地震パニックで、さっさ閉店、さっさ帰国されたらしい。
この店だけでなく、
そのビルの他のチャイニーズも皆帰国したとさ。
銀座の高級酒家でさえ、
従業員が皆帰国で閉じているらしい。
おいおい、せっかくご縁があったのにぃ、
そんなに慌てて帰らなくても・・・・・

どーぞ、ごゆるりと。

2011年3月27日日曜日

研磨

   

カミさんと娘は都心にお買い物に、
アタシは月末の超金欠にてお留守番なんだ。
そんな日曜日はゆっくりバスタイム、
っつーか、それしかやる事がないんだな。

あーあ、情けねぇ。

思いっきりの贅沢だで、舶来モンの沐浴剤を大量ブチ込んで、
ボでぇシャンプーもチト気取ってみる。
そして肉体の隅から隅まで磨き上げてみる。
あそこも、あそこも、あんなとこも、
(あっ、ああーん)
肉体の奥の奥までDFS【duty-free shop】の香りに。(アハッ)

(沁みるぜ、Mucous Membraneが)

暇なもんで、エラすんまへん。

   

2011年3月24日木曜日

Garcon

夜の停電は真っ暗闇ですが、
世の中の先行きの見えぬ真っ暗闇には、
このアタシもおののいてしまいます。(って程でも無いし)

ここんトコ、いろんな飲食店から来店の要請があるんだな。
それは電話であり葉書であり、
いかに地震(停電や自粛原理主義の台頭)と
放射能が影響しているのかが・・・

麹町の人気フレンチ
『Au gout du jour』の葉書など、
涙なしでは読めぬほどの名文だった。
「さすが岡部ちゃん、やるやん」

(ヤベェ、ほだされそう)

少しずつ復活してきてるみたいだけど、
飲食店の地図が激変しちゃうのかね?

   

最近こーた写真&エッセイ。
こんなん見ると、
若かったらギャルソンを目指すのになぁ!と勘違いしそう。
アタシだったら当然パリでしょう。

(merde !)

2011年3月23日水曜日

Sesame

停電中はそれなりにお手すきになりますので、
その時間で悪戯をやってるんだな。

     

本葛での胡麻豆腐作りでして、
あの月心寺の味が忘れられんのだよ。
でもね、
胡麻が濃厚なら良いってもんではないし、
どーやっても村瀬明道尼さまにはなれませぬ。
まぁとーぜんですよね、身の程知らずなアタシ、でした。

足りないのは修行かしら?
それとも抑えがたい愛憎の感情っすか?

2011年3月22日火曜日

Aqua

  

当店の井戸は超々深井戸(鑿泉井戸)でして、
間違っても生活排水が混入するような代物では御座いません。
ここのところ、いちだんとポリタン持参のお客さまが多いです。
秩父の山に降った雨が、
百年の単位で濾過された水だそーですからね。(井戸屋談)
滾々と湧き出してますで。

一応BMLで検査済みですので、
お困りのお方は、どーぞご利用くださいね。

但し停電中は無理なモンんで、
ウヰスキーでもご馳走しますよん。(今現在モートラックだよ)

2011年3月21日月曜日

Madame


子供の頃よく言われたんだ。
「放射能の雨にあたるとハゲるんだよ」
って。

そんな子供騙しにゃ乗らネーヨ!
当時は誰も信じていなかった。

今日は長時間コンスタントに雨が落ちてます。
なんか街が静かです。
人が歩いてませーん。

それでもご来店のお客さまたち、
アタシも要らぬ心配をしてしまいます。

(その美しき濡れ羽色を、
 どーか今日の雨には濡らさないで、マダーム)と。

     

2011年3月20日日曜日

Spiral

意味なく車に乗らなくなった。
家でチビチビ呑むぐらいで、
外メシ計画のお呼びがあっても、
「やっぱり止めておこう」が口癖になってしまった。
このアタシでさえ、まったく外食に行かないんだぜ。(どーした)

食欲はあるんだよ、
なのにこの閉塞感はなに?

築地にだってお魚類はそれなりに入荷しているらしいが、
「営業してもお客様が来ないから」と飲食店が休業になってしまう。

でもね!

震災から10日が過ぎ、
新宿のとあるお得意さんが、
休んでる店を横目にナゼか静かに繁盛の様相。(出荷の豆腐で分かる)
あまりに街に元気が無さ過ぎると、
暗闇に浮かぶ灯りが人を呼ぶのでしょうな。
「あっ、好かった、ここは営業してる」ってね。
少しずつでも戻らないとね。

こんな時こそ、
「アタシもお世話になってる料理人の店に」
とは考えるのだが、
なにぶん先日新調した差し歯の出費がね。(ううう)

来月こそ復帰せな。

   

2011年3月18日金曜日

Symbol

   

TOKYOオリンピック(1964年)の記念壁掛けを入手した。
まぁ当時のおみやげ品なんだろうけど、
アタシの琴線にビンビン触れましたぜ!って感じです。
パーフェクトにお気に入り。
漆黒に螺鈿と象嵌で表すは、
高度経済成長時代のネオ・ジャポネスクだぜ。(エエやろ)

「東京タワーかぁ・・・・・」(感~慨)

アタシが初めて登ったのもオリンピックの頃で、
それが最初で最後なんですね。(46年前)

東京タワーは復興日本のシンボルであり、
東京オリンピックは国際社会に復帰するシンボル的意味合いだったはず。

1960年前後の市井の人は、
東京タワーを見上げて何を思ったでしょうね。

(フフフ)見果てぬ夢ですかね。

個人商店

アタシは浮気はしないんだ。(下半身じゃネーヨ)
米屋さん、燃料、クリーニング屋さん、酒屋さん・・・(エトセトラ)
中には親の代からの、長~いお付き合いも多いんだな。
こーゆーコト(天災)があると、
とくに個人商店さんには感謝ですぜ。
何かと気に掛けてくださいますし、
とくに燃料を優先してくれるのはありがたいです。

時に人間関係は煩わしさもあるけど、
その人間関係によって守られてもいます。

   

2011年3月16日水曜日

Old Rarity

今、楽しいことや嬉しいこと、
ちょっとした贅沢を書いちゃ不謹慎でしょうかね?
なんか普通の生活を綴りづらいですね。

久しぶりにコレが呑みたくなり、
   (クリック)
落札してしまいました。

   
 
Old Rarity(オールド・ラリティ)は二本目、
アタシが最初にオークションで落札したのもコレだったんだ。(写真は初代)

オールド・ラリティの歴史は、
「Bulloch & Lade's」が
カリラ蒸留所を獲得した1920年代から始まっており、
87年頃に生産を終了したとされる銘柄なんだな。
当然キーモルトとしてカリラがタップリ使用されているんだぜ。
そーです、カリラのブレンデットなんだな。
このボトルも瓶詰めは1960年代製でして、
50年代のカリラを想像しながら飲んでみるのも一興です。

このヨード香はアイラ、
中でも一番のパンチ力はカリラ(CAOL ILA)、
美咲ナンバーワン!! は香里奈!

なんてね。(ヘヘ)

冗談書くのも、なーんかヒヤヒヤどす。

2011年3月15日火曜日

fatalité

ここんトコ、
やっぱりブログがネガティブってる。
(どーしたのオレ?)

久々のバラエティー番組でガス抜きを。

「さんまちゃん、メッチャ面白いじゃん」と思ったら、
CMはAC(旧 公共広告機構)ばっかで、
またまた気分は内向に。

こんなご時世で、
大口開けて笑ってる私って・・・・・

エライやん、バランスとれてるやん。
シングルモルトで「一杯やっか」の夜です。

   
           ブナハーブン旨し

なんか銀座がガラガラらしい。
銀座に限らず、飲食店にはまったくお客さんが来ないみたい。
お得意さんがことごとく『休業』に入ってしまった。

さっき関西の友人が言っていた。
「神戸の人間はな、瓦礫の下からステーキ屋に直行したんやで。
 復興の前の腹ごしらえや!ってな」

(ウルルン)

<<追伸>>

箕面のYさま、京都の割烹Fさま、西宮の佃煮屋Kさま、信州のKさま、
皆々様にまで物資のご心配をいただき、
涙がこの豊満な肉体を濡らしてゆきます。
感謝、感激、雨、霰(あられ)。

トモダチ


昨晩のこと・・・

ミシュラン★★★の鮨店はキャパ7名でして、
(数寄屋橋ではない方)
予約は全員欧米人だったそうです。

時間になっても誰も現れず。(きゃんせる)

欧米人は帰国の途に。

「ニホンジントモダチ ガンバルヨ
 ワタシ クニニカエル バイバイ」

放射能には超拒絶反応の欧米人、(まぁ当然)
知り合いのそのまた知人曰く、(外人インポーター)
「そーですよ、そんなの欧米人なら当たり前、
 すでに大使館だってお留守ですよ、きっと」

<< ニホンジントモダチ ガンバルヨ
  ワタシ クニニカエル バイバイ >>

「ぎゃぁ」

2011年3月14日月曜日

淡々


淡々と、
ありのままを伝えるのがマスメディアだと思うんだけど・・・

災害をデフォルメしたり、感動巨編にしたり、
備蓄性買い物パニックを煽ったり、
サッカーの解説じゃないんだから、
「もっと穏やかに喋ってください」と思いますで、私。

TVから流れる絶望的な映像ってより、
TVが流す映像により、絶望感が満ちてゆきます。

今晩は静かに過ごします。
照明も控えめにしてTVも消しちゃえ。

本日の予定停電のため、(結局無かったんだけど)
今朝は真夜中からお仕事をした。
いつもとは一時間半の違いなのに、
なんか疲れてしまいました。

2011年3月13日日曜日

Panic

毎度の日曜日のお買い物。
商売屋なモンで、平日の買出しはなかなか行けない。
よってカート一台(上下)では足りない量になってしまうんだな。
(それに、アタシがよく食うし)
ってなショッピングです。
ちょっとは地震の影響を心配してはいたが、
いつも通りにデパ地下はモノが溢れていた。

但し驚いたことも。
カートに超大量のミネラルウォーターのお兄ちゃんや、
パン売り場は「ワレ先に」状態でカラッポだし、
なぜか練り物(おでん材料)もカラッポだった。

「なんデェ?」

(なのに個人のパン専門店にゃ、
 惣菜系からデザート系、食パンまで何でもあったぜ)

近所のオバちゃんに遇えば、
「小野さん、ナマモノは控えたほうがエエよ、停電が来るらしいし。
 それにトイレットペーパーは買えるだけ買っておき、不足するって噂だから。
 あとね、・・・・・・・・・・・・・・エンエン」

昨日も昨日で、例のチェーンメールを深刻に語られたし。(別のご近所さんに)
一家に一台、シェルターの不可欠さも語られた。
分かっていても、なんとなく心が曇天に。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんデェ?・・・)

     

2011年3月12日土曜日

Prayer


昨日出荷したお取り寄せの宅急便が、
関東以北は配達不能で帰ってきてしまった。

昨日は地震によって水道管が破損し、
すぐさま水道屋さんが来てくれた。

(こんな日は売れないだろうな)

なんて考えながら、
朝になれば、
今日も豆を挽いて豆腐を作ってるアタシ。
こんな日なのにね。

お客さま、友人、知人などなど、
今日会った人たちとの会話では、
「昨日はビックリしたね」
「お互いケガも無くてよかったな」
と笑顔になるけど・・・

親しい南相馬・塩釜のお得意さんが頭をよぎるんだな。

2011年3月9日水曜日

I'm sorry

アタシの場合、
三年数ヶ月で走行距離は二万キロにも届かない。

先月の雪の日、
積もった重い雪のおかげで、
リヤワイパーがポッキリ折れた。
んなコトってあるんだね。

延び延びになっていた修理が、
やっと完了して帰ってきた。
無くてはならぬモン(人)なのに、
あんまり大切に扱ってなかったね。

本当は大切なのにね。

ごめんね。

(意味深のまま終わる)

   

2011年3月8日火曜日

Swindler

本日の昼下がりのこと、
お取り寄せのご注文で、(電話)
そこそこ微妙に高額のお客さまがいらっしゃいました。

(一瞬喜んだアタシ)

    

でもね、そのお方こそ、
「取り込み詐欺師」さまで御座いましたのよん。

(あらま)

とっても丁重な口調ですが、
なんか違う、変、疑惑、違和感、胸騒ぎ・・・・・・・・・
機転を利かし、言われた住所と会社名を検索すると、
トップに出たは、被害者が問うたヤフー知恵袋だった。

<◎市◎◎一丁目の△△△って会社を知ってる人はいませんか?
 その名前の会社に、取り込み詐欺に遭ってしまったのですが・・・・・>

って文章が。

間一髪、
「恐れ入りますが、当店は代金引換だけとなります」
で、なんなく切り返すことができた。(ホッ)

「そーかい、んじゃ、要らねぇーや」(豹~変)

最近カンニングで話題の『ヤフー知恵袋』ですが、
ホントありがとうね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昔話です。
今は亡き浅草の老舗の旦那さんが、
踏み倒されたお取り寄せ代金(¥3,000)を、
新幹線で浜松まで回収に行ったんだね。

<< たった3千円なんだから、踏み倒しても大丈夫だろう >>

「あたしゃね、その根性が許せないんだよ」って。

気骨ですな。

2011年3月7日月曜日

一般論

このブログを読んでくれている先輩からの一言。
「たまには豆腐屋の仕事のことでも書いたら、
 じゃないと遊び人と誤解されちゃうぞ」

(ゲッ!)

ブログでそんなこと主張してもねぇ、ツマンナイじゃん。
だってねぇ、<秘そかな愉しみ>なんだから。

ハッタリとミエにまみれたこのブログ、
でもその背後には、(フフッ)チラホラ真実も見えるでしょ。

遊び人の金さんですか・・・(キムさんじゃないよん)

まぁね・・・(ケッ)

本当は「泥だらけの純情」なんだけど・・・

(誰に分かって欲しくはネーガ)

って歳でもねぇやね!(ヘヘヘ)

   

2011年3月6日日曜日

曳舟

桜花の季節は大混雑ですので、
ちょっと早いけど長命寺の桜餅を。

   

それにしても桜、日本人にはそれぞれの桜、
アタシにもいろんな想いがよぎりますぜ。

なんてね。

(デヘッ)

根津

  

ここんトコ、
どこで饂飩を食べてもアタシ好みに出会えない。
麺は好くても汁がね、家庭の味なんだな。
基本のお出汁があってこそ、流行の肉うどんも活きるのに。

ちょっと車を飛ばして『釜竹』まで。

はっきり言うで、
ダイニングなサーヴィスがチト「?」だけど、(マニュアル系)
お饂飩はアタシの理想的なお味です。
昆布と鰹、とくに昆布の香りが鼻腔を貫けますぜ。

旨いモンは価格じゃなくて価値だからね。

「やっぱ旨いわ」

   

んで、ここまできたらアタシはコレ。
ホットケーキミックス味のたい焼きが増えた昨今、
シンプルな粉の旨さとあんこの旨さで、「ヨッ、日本一」だぜ。

   

2011年3月4日金曜日

Matroos


常連のお客さまで、
元外国航路の船乗りさんがいるんだね。

さっきもお見え。

年の頃なら70代半ば、
上背があるわけでも、
ルックスが良いわけでもない。
(すんまソン)

でも、なんとなくカッコいいんだ。
いつも帽子を深めに被り、
片手はポケットに入れている。

「木綿一丁と油揚を一枚で」

毎度同じ組み合わせ。

漂う知性と感性は、
経験(場数)から来るものなのかしら。

港港では、
どんなBARで、
どんな酒を呑んできたのかな。

ちょっと訊いてみたいね。

(写真は1967年製のSeagram's V.O.)

アタシ、本当はカナディアンウイスキーのファンでして、
7 Up で割るのがアタシ流

2011年3月3日木曜日

Glass

春の息吹ですぜ、
紫陽花の新芽が開き始めました。
この冬の間、閉ざされ続けたアタシのこの胸のパンドラの箱も、
誰か開けてくれないかしらねぇ。
なんとなく、ちょこっと堕ちてもみたい今日この頃です。
 
(うそピョン)

やっぱり趣味の世界に浸るのが一番イーネ。

季節で器の変化を楽しんでます。
この時季になれば、
アタシはすでに春夏コレクションを考えているんだね。
ってなことで、
こんな切子のグラスセット(6客)を御購入いたしました。

     

大正時代~昭和初期の製品でして、
未使用もしくはミントコンディションなんだぜぃ。
キズ無し、カケ無し、指紋の痕さえあらしまへんえ。

夏に似合うでしょ。(キリッ)

2011年3月2日水曜日

ひげソバ

とある政治結社の隣に、
その支那ソバ屋はありました。
雷文のラーメン柄な赤い店構えで、
ヤバイほど斜めに傾いた店舗でした。(廃屋一歩手前)
勝新の映画『兵隊ヤクザ』(大映)で観た、
満州のセットの様だったんだね。
割れてるショーウインドゥの蝋細工も埃だらけで、
その中に並んでいたボトルは、
確かこんな感じのモノだったのだ。
老酒の瓶(ラベル)なんかもっとシュールで、
怖~い楊貴妃の顔が描かれていたんだぜ。
まったく人の出入りの気配は無く、
まことしやかに囁かれていたのは、(ガキの間で)
「あの店にはスパイが出入りしている」
ってことだった。

アタシが子供の頃、
街中には怪人二十面相的なスポットがいっぱいあったんだ。
っつーか、子供の目にはそう見えたんでしょうな。
1960年代の話です。

ハイッ、今月の呑んでみぃや、マンマミーヤです。

   
               高粱酒(こうりゃんしゅ)

中国製品はある意味怖いよね。
口にするのも憚れます。
でもダイジョウブゥだよ。(たぶん)
だって永昌源は日本の会社ですからね。
と云っても1958年のスピリッツですから、(アルコール分50度)
勇気のあるお方はお声がけしてね。

遠慮なんかいらねぇーぜ。

メラミンは入ってないぜ。(タブン)

2011年3月1日火曜日

ひとコマ

先日遠目に見かけたもんで、
フっと思い出した青春のひとコマです。

三十年から昔のお話。

ある日のこと、
「ねぇ、可愛い女の子を紹介するから呑みに行かない?」
「んん、ええよ」
小学校からの同級生で、
デパガから医療関係(歯科衛生士)にトラバーユしたE子ちゃんからお誘いが。

行く道すがら、
友人Uには「いい子紹介してやるよ」なんて期待をさせて、(自分も)
そそくさと待ち合わせ場所に。

(あれれ?)

2対2のはずが、
そこにはE子ちゃん含め4人の女子が。(んっ?)

それがね、E子ちゃん以外はイケテル系女子だったんだな。
ミンクやシルバーフォックスのファーをはおった冬のJJ系、(ナーイス)
整ったお顔に日焼けした肌と白い歯、(ナイス×2)
JJモデルさえ凌駕するほどだったんじゃね。(ナイス×3)
アタシもUもすっかり有頂天。
E子ちゃんの御提案で、
彼女らのご贔屓の店で呑むこととなる。(喜んデェ~)

しかし・・・
ほどなく現実を知ることとなるんだな。

着いた先は、な、なんとホストクラブではないか!(ゲッ)
そのうえ女子たちときたら、
着くと同時にチークタイムに突入だし。(マジっすか)
とーぜんホスト連と。
(ヤラレタぜ)
っつーことは、俺たち金ヅルってこと?(ゆ、許さーん)

当時から、このままでは終わらないのがアタシなんだね。
調子こいたレディースどもが、REMYは頼むわ、フルーツ盛は頼むわ・・・・
そんな姿を見届けてから、
ソレらがお席に届く前に、
Uを引っ張りトイレのフリしてダッシュで逃げた。

   (バイバイキ~ン)

   
      グラジョーラス柄の弁当箱(昭和30~40年代製)

E子ちゃん、
小学校の頃は無口な恥ずかしがり屋さんだったのに。
(顔はブスだったけど)