2020年11月3日火曜日

TERUHA

秋の夜長は酒と女に溺れます。

ボクの芸者絵葉書コレクションから。
寂聴さんの小説【女徳】のモデルとなった女性(ひと)。本名は高岡 たつ子、12歳で父親に大阪南地の置屋に売られ千代葉で売り出す。15才の時に愛欲のもつれから自ら小指を切り落とし、大阪に居づらくなったため上京。新橋時代は照葉と名乗りました。その後も波乱万丈な人生の果てに38歳の時に出家して、40歳で京都の祇王寺の庵主・智照尼となりました。
出家前は何度も自死を図った照葉さんは、 明治、大正、昭和、平成と逞しく生き抜き98才という大往生を遂げました。

これは新橋時代の写真絵葉書です。語らずともその美しさ。

それにしても時代とは言えねぇ、娘を売り飛ばしたり「水揚げ」と称した少女売春だったり。今ならヤフーニュースでさらされますぜ。




2020年10月30日金曜日

Longing for Ireland

最近のバーテンダーは知識やテク重視の頭でっかちが多くありませんか。
還暦を過ぎたじぃさんは、若造にコテンパンにやられることも二度三度。



こんなCMで知る、
呑むって理屈じゃねぇんだな、ってこと。
無性にアイリッシュが呑みたくなります。

残念ながらボクの酒庫にアイルランドの酒は無い。
今宵は古酒のスコッチでお許しを。
ウイリアムローソンをマクビティダイジェスティブビスケットで呑む。


2020年10月24日土曜日

Inheritance problem

40数年前、高校生のボクに「豆腐屋をやるのが父さんの夢なんだ。一緒に手伝ってくれないか」と言われ、駅前のスナックで初めて親子で呑んだことを思い出します。「なんで豆腐屋なんて時代に逆行するような仕事を・・・」と分かってはいましたが、熱心に誘ってくる48歳の親父とお袋に説き伏せられてしまったのであります。「もうすぐ50だから、これが父さんには最後のチャンスなんだ」、この誘い文句に負けてしまったのかな。ハイっ、自己責任でございます。

還暦を過ぎて考えることに、若い人は自分のやりたいことをやった方がよいと思います。ボク自身、豆腐屋がイヤなわけではありませんが、自分が思い描いていた夢ではなかったのも事実です。
当時、憧れは桑沢デザイン研究所かセツモードセミナーで学びたかったし、できることなら後々製靴関係で生きてみたかったこと。

父が鬼籍に入った今(父自体は20年前に仕事を引退し、去年の11月に他界)、自分なりに豆腐製造業で表現をしてきた自負はありますが、時の流れの残酷さも痛感いたします。

人生は一度きり、豆腐屋歴43年の月日は戻りません。
誰かの為ではなく自分の為に生きるべし。

銀座の靴店では、ついついショーウインドウの前にたたずんでしまうボクがいます。








2020年10月22日木曜日

Google

相変わらず東京電力かNTTを名乗る詐欺電はとめどもなく来る。喋ってる最中から番号検索をすると、<<詐欺ですから気を付けて>><<その会社はなりすまし詐欺です>>がたくさん出てくる。今度はグーグルジャパンの社員(を名乗る)から、「Googleストリートビュー(屋内版)を撮影しませんか?」と。定番の「今なら無料です」でぐいぐいと。

(あーあ、こんどはGoogleっすか!)

やんわり断ったら、無言で切れた。




2020年10月18日日曜日

旧TOKYO INTERNATIONAL ARCADE

今日は地元と江戸の神社に古いお札を納めに。
それがですね、最初にお伺いした地元の神社で、
関係者らしき掃除をしていた身なりの良いご老人(♂)に、
「このお札はどこに納めたらよいのでしょうか」お尋ねしたら、
「ゴミになるから、今はそういうのは受け取らないよ」と断られてしまいました。

(ムカッ!)

んじゃーなんで授与所で販売するのでしょう?
「売ったからには返納も受け付けてちょうだい」と少々お怒りに。(心中で)

後々社務所にお聞きしたら、優し気な女性が「こちらで大丈夫ですよ」と無事返納できましたが。

次の根津権現様も波除稲荷神社様も当たり前に無事返納でき、
うれしい真っ新のお札を頂いてまいりました。

無事完了がちょうど11時少し前、
「ねぇ、【ぽん多本家】で御飯食べようよ」とカミさんに色目を使う。
さすがオレ、すんなり了承を得て御徒町だもんね。

【海老クリームコロッケ】と【ポークソテー】と【蛤のバター焼き】を2人でシェアする。
マジうめぇ。
何かで読んだが、白洲正子様はここの料理を食べてから最後の入院に入ったとか。

だよなぁ・・・





食後に新橋に用事のあったカミさんにつき合い、新しい商業施設の【日比谷OKUROJI(オクロジ)】を冷やかす。元【PORTER CLASSIC】があった「インターナショナルアーケード」ね。
あまたあるガード下アーケードよりおもしろいゾ。

何が?って。

よくわからん。




DAIKOKU BUDOSHU CO.LTD

雨音だけの夜(一昨日)、親父や祖父の時代の酒を呑みまする。瓶詰は1965年のサントリー角瓶でございます。多少ヒネた香りはありますが、そのアルコールは喉を焼きながら堕ちてゆきます。蒸留酒故、意外と大丈夫ですよ。冬の炬燵での団らんで、親父の胡坐に収まったボクの前にはこのボトルがあった記憶があります。もう55年から昔の光景ですが。

ただし当時のジャパンウヰスキーは合成酒が多く、他のですと劣化率高いよね。なぜか角瓶はOKなのね。ちなみに大黒葡萄酒時代(1962年以前)のオーシャンウヰスキーは、たぶんヤバいではないかな。






Afterimage

コレ以前含め、ブログ歴が17年以上経ちました。ひょんなことから古い画像が出てきたので、ひとつひとつふり返ってみました。
画像はたった13年分なのに、そのたった13年の時の流れの速さと世の中の栄枯盛衰にはおったまげます。
消え去ったモノは呑んだ酒のボトルだけではなく、モノ、店、人…

㊤銀座のど真ん中のビルの隙間奥にあったBAR。路地中は雑居ビルにある飲食店の従業員の喫煙所であり、それに足元には堂々歩く大ネズミがいてね。
㊥銀座Hermèsの隣にあったBAR。今は人も権利も譲渡され、東南アジアのHotelのBARに。
㊦ここは今もあるけど、日本の重鎮バーテンダーのI氏(物故)はもういません。グラスはマティーニではなくギブソンです。

画像の中には、これより100倍以上の記憶(存在しない)の画像がありました。
たった10数年で、景色はどんどん変わってゆきますねぇ。




文鎮代わりに大切にしていた古い置き時計の硝子の外枠、豆助に落とされ木っ端みじんに。
今は画像の中だけに。